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食材探訪記
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食材探訪記

2011.11.24 

ウォーレンバフェット氏ご来店 

2011・11・22 さくらさくらに緊張が走りました。

81歳にして初来日した、米国の著名な投資家ウォーレン・バフェット氏が さくらさくらで昼食を召しあがったのです。

前日の21日に福島県いわき市の投資先の工場を視察し、インタビューを受けた姿は、各メディアで取り上げていました。

今回が日本へ初めて訪問するとお聞きし余計の緊張でしたが、バフェット氏はユーモアもあり大変気さくな方で、とっても素敵な笑顔の紳士でいらっしゃいました。

肩にてを掛けていただき一緒に撮っていただいた写真。
大切にします・・・・・。

2011.08.18 

被災地 宮城県石巻市女川町へ・・その3 

立花さんは、仙台出身であり今回の震災でいろんなものを失った。
震災後、東京ー宮城を何往復もして復興のために尽力されている。
お聞きすると、一日も休んでいないとの事・・・・。

石巻・女川・雄勝を中心に、
行政の目の届きにくい小さな避難所や仮設住宅の今日・明日必要な炊き出しや買出しをし、
また、そこの子供達に笑顔が戻るよう、全国の教育者・アスリート・料理人(パテェシエ)・ミュージシャンや文化人に呼びかけ、スクールを開校したりしているとのこと・・・。

頭のさがる思いで、一杯になる・・・・。

同行させていただいたこの日も、何ヶ所も避難所・仮設住宅を見て回り、
女川の桐ヶ崎地区に新設された仮設住宅の方々の50人分の炊き出し(今回のメニューは焼肉)をする事になった・・・・。

この場所は、人里離れた静かな場所にあり、入居されている方々はどうやって買い物したりしているのだろう?と心配をしてしう・・・。
車で20分、スーパーに買出しに行き、
調理開始!!。
「折角ですから何か一品作って!!」とお願いされ、鶏団子のスープを作った・・・。(結構美味くできた・・・・と思う。)

ここの仮設住宅はできたばかりで少しオドオドしていたが、時間になると徐々に人が集ってきた。
~~~本来、仮設住宅に移ると自炊生活になり、救援食料の配給はゼロになるとのこと・・・・。~~~

集った方々は、お年寄りがほとんど。
漁師の方々が多いとの事・・。

「肉は、3ヶ月ぶりじゃ・・・。」
「おいしい・・」
「ありがたいことじゃ・・・。」

 喜んでいただけた・・・。

その後お礼に、と、自分達で獲ってきた”むらさきうに”と”ほや”を調理していただき、食べさせていただいた。


この方達の歩んできた道のりや、これからのこと、
自分達への思いやりなどを考えると、とてもとてももったいなかったがいただいた。

”ほや”は、臭みもなくシャキシャキで、”うに”は、バターのように濃厚であった。

こんな美味しいものが、どんどん世に出回るようにしなくては・・・・。
そんな思いがこみ上げてきた・・・。


しかし、仮設住宅内でも何ヶ所かの集落の方々が集るため、今回も全員が集ったわけではなく、肉だけ焼いて自分の部屋へ持っていく方も多かった。

いろいろな事情があるのだろうが、早くお腹を満たす食事から 心を満たす食事になればな・・、と感じた。

そして、これは1年2年というスパンの問題ではなく、10年、20年という単位(もっとかも)の事だと感じた。

皆が、これを忘れず、できることをする。

自分にとっても大事な時間となりました。

ウにウに動いていた、紫うに

ウにウに動いていた、紫うに

天然ほや

天然ほや

2011.08.17 

被災地 宮城県石巻市女川町へ・・その2 

石巻から海沿いに上がっていくと牡鹿郡女川町があります。
ここの被害は、You Tubeで何度か見ており、被害の大きさも知っていたので訪問すると聞き、少し気が重かった・・・。

「この町は、完全に消滅しました・・・。震災で全てを失ったのです・・・・。」
女川の中心部であった場所は、言葉も出ないほど壊滅していた。
海抜16メートルの高台にある女川病院に上がって周りを見渡してみる。

人生で、4階建てのビルが根こそぎ横倒しになっている光景は初めて見た。
この病院の1階まで津波は襲ってきたそうです。(車や船が突っ込んできたそう・・・・。)
ここに住んでいた人達は大丈夫だったのかな・・・・?。

「これで、随分と瓦礫や船や車を撤去したので綺麗になっているけど、これまで匂いもすごかったんですよ・・・・。」と立花さん。
「それに、女川原発もあるし・・・・。」

車を進めていくと、栄えていたであろう町が消えている・・・・。

超大作の映画のセットに迷い込んでしまったのでは?という錯覚に陥ってしまった気がした。

しかし、これが現実だ!!
現実に起こったことなんだ!!

しかっり見ておこう。

そして、炊き出しへと向かうことになる・・・・。

続きは、その3へ⇒

倒れたビルの女川

倒れたビルの女川

このビルの屋上に車があったそうです

このビルの屋上に車があったそうです

2011.08.16 

被災地 宮城県石巻市女川町へ・・その1 

3月11日の東北地方太平洋沖地震が起きて、被災地の様子を知るにつれ、
”自分は何ができるのだろう””何かしなくちゃ”と思っていてもなかなか行動できないでいる時、東日本復興支援社団法人SweetTreat 311で、東京から石巻へ50往復以上して、小さな避難所や仮設住宅の人々の支援や、子供達に笑顔を!と、献身的に支援を続けている立花さんにお会いしました。
「とにかく、一度現地へいらしてください。そして、ご自分で今回起こったことを見てください・・・。」と言われ、とにかく”行こう!!”と行ってまいりました。

まず、仙台から(仙台市内は何事もなかったような町並み)三陸自動車道を経て松島町、東松島へと行きました。
松島と東松島の被害の違いに唖然としました。
無数の島で守られた松島と海岸線の続く東松島・・・・。
東松島は何も残っていません。

360度海を見渡せる大高森展望台に登りその形状の違いに納得する・・・。
見事な松島の孤島群と穏やかな青い海、爽やかに抜ける潮風・・・・これがまた切なかった。

その後、石巻市へと・・・。
景観がどんどん変わっていき被害が大きくなっていく・・・。
高く積み上げられた瓦礫の山と車の山・・・。「これ、この後どうすんの?・・・・?」想像もつきません。

その後、門脇小学校へ・・・。周辺は、石巻でも被害の大きかった場所らしく、津波の後、重油に引火して火災が起こったそうで、小学校も空しく黒こげで残っていました。

小学生の子を持つ親としてこの光景は、とても辛く悲しいものでした。教室は、ランドセルや掲示板などがそのまま・・しかし津波の泥がズッシリと残っています。
ここの生徒たち、どんなに怖かったのだろう・・・。

隣にお墓があったらしく、殆どが横倒しになっていました。
炎天下の中、倒れた墓石を直そうと作業をする何組かの家族がいました。
「ああっ、今日はお盆か・・・・。」
その気持ち・・・。
日本人の心がそうさせるのだろうか・・・・。

そんなこんなで、女川へ・・・。

そして、続きはその2へ。

地震・津波・火災の被害に遭った 石巻門脇小学校

地震・津波・火災の被害に遭った 石巻門脇小学校

土台だけ残った家の址

土台だけ残った家の址

2011.01.25 

従業員・大久保雅人の結婚式 

1月23日 白金台の八芳園に於いて
さくらさくらのスタッフ 大久保雅人君とあすかさんの結婚式が盛大に行われました。

1万2千坪の広大な敷地にある八芳園は、庭園や木々が素晴らしく、笑いあり・涙ありの心あたたまる結婚式でした。

これで、”チームさくらさくら”もより パワーアップしました!!

この氣(パワー)が料理にも表現されることと思いますので、どうぞ皆様お楽しみに・・・・・・。

雅人・あすかさん   本当におめでとうございました。

末永くお幸せに。

お色直しして 中庭から登場のシーン

お色直しして 中庭から登場のシーン

チームさくらさくら

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